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Japanische Klassiker mit Furigana

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

Lesen Sie 思想としての文学 (しそうとしてのぶんがく) von 戸坂 潤 (とさかじゅん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 209.809 Zeichen · 408 Bildschirme

Aozora Bunko

一体魂や自由意志と云うが、どの理想主義どの観念論が、今まで一体意志の自由を解明し得たか。夫が得た凡てのことは、意志の自由を吾々が自覚している、という一つの事実に過ぎない。この自覚上の事実を認めない思想のある筈はないので、ただ問題は、この自覚上の事実が、客観的事実であるかどうかにあるのだ。

つまり、こうした知的なものに対する生の強調や、それから生としての生に固有な懐疑(人間学的なるもの――モンテーニュ以来現今に至るまでそうだ)、そして人々は之を不安というそれ自身疑わしい概念で以て興行化したが、その「不安」、これ等のものは認識と生活との形式主義的機械論を仮定した上の、そのごく一般的に抽象的なアンティ・テーゼに他ならない。――之が思想の欠落のエーヤポケットを充たすシェストーフ的なものの現象の根本的規定であって、このシェストーフ的なるものが、之を充たすエーテル的サブスタンス――永遠性を有った無内容――として如何に之に打ってつけであるかが見られたことと思う。

だが、現代日本のインテリジェンス(必ずしもインテリゲンチャのことではない)のこの空隙を満たすに適したものは何もシェストーフ的なものには限らなかった。