Japanische Klassiker mit Furigana
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あるおとこのしゅき
或る男の手記
豊島 与志雄
Lesen Sie 或る男の手記 (あるおとこのしゅき) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 43.279 Zeichen · 86 Bildschirme
通された室は奥の八畳の間で、衣桁から床の間の掛軸や水盤など、程よく整っていて、而も違棚の上には大きな鏡台が据えてあった。それになお、生憎今日はお風呂がございませんで……とわざわざ断られた。とんだことをしたと思ったが、もう取返しはつかなかった。女学生とも令嬢ともつかない光子の様子と自分の袴とに、変に気が引けながらも、いい加減に料理を註文しておいて、私はおずおず光子の方を窺った。彼女は何を考えてるのか、さも疲れたらしくぐったりと坐って、餉台にもたせた片手で頬を支え、室の隅にぼんやり眼をやっていた。私は弁解のつもりで云った。
「うっかりはいり込んだけれど……少し変な家でしたね。」
彼女は私の方へちらと黒目を向けて、こんなことを云った。
「でも、これで温泉と谷川とがあったら、登別のような気がしそうですわ。」
不思議なことには、彼女のその言葉に私は全然同感したのだった。登別と井ノ頭とは、どの点から云っても全く異った景色なのに、私の心にはそれが一緒になって映ったのである。今から考えると、その時の登別というのは一つの符牒に過ぎなくて、ただ漠然と自由な一人っきりの境涯というくらいな意味のものだったらしい。