Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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おぼるるもの

溺るるもの

豊島 与志雄

Lesen Sie 溺るるもの (おぼるるもの) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 17.690 Zeichen · 36 Bildschirme

Aozora Bunko

夜分は、客を呼ぶ女の声が聞えることもあった。御詠歌をうたって軒毎に報捨を乞う遍路姿の娘の、哀れな鈴の音が鳴ることもあった。

三畳か四畳半の狭い室なので、夜は電燈の光で相当に明るかった。が昼間は大抵、窓に重いカーテンが掛っていた。私はいつもそれを一杯あけさした。磨硝子に漉さるる日の光が、室の中を温室のようにした。窓を開くと、隣家の軒に遮られて僅かではあるが、蒼空が見えた。

「いい日だ。見てごらん、空が澄んでる。日の光が晴々としてる。」

彼女は眩しそうに外を眺めて、私の言葉に首肯いてみせた。

初春の空と、初春の外光……。ただ、青いものは室の中の一鉢の万年青きりだった。

万年青の上の方、壁に七福神の卑俗な額が掛っていた。それをぼんやり見ていると、彼女は下手な節廻しで低く歌っている――

恋じゃなし

情人じゃなおなし

ただ何とのう……

私が見返すと、彼女はぷつりと歌いやめて、私の視線にしがみついてくる。

「ねえ、いつもあんたの我儘を通してるんだから、今日はあたしの我儘を聞いて頂戴。」

「なんだい。」

「屹度ね。」

「云わない先に、そんな無茶な……。」

「だってさ……。」

温室のような明るい空気の中に、彼女の顔が花のようになる。