Japanische Klassiker mit Furigana
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わたしのおぼえがき
私の覚え書
宮本 百合子
Lesen Sie 私の覚え書 (わたしのおぼえがき) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 8.746 Zeichen · 18 Bildschirme
駅の構内に入る為めに、列車が暫く野っぱの真中で徐行し始めた時には、乗客は殆ど総立ちになった。何か異様が起った。今こそ危いと云う感が一同の胸を貫き、じっと場席にいたたまれなくさせたのだ。
停車した追分駅では、消防夫が、抜刀で、列車の下を捜索した。暫く見廻って、
「いない。いない」
と云う声が列車の内外でした。それで気が緩もうとすると、前方で、突然、
「いた! いた!」
とけたたましい叫びが起った。次いで、ワーッと云う物凄い鬨声をあげ、何かを停車場の外へ追いかけ始めた。
観念して、恐ろしさを堪えていた私は、その魂消たような「いた! いた!」と云う絶叫を聞くと水でも浴びたように震えた。走っている列車からは、逃げるにも逃げられない。この人で詰った車内で、自分だけどうすると云うことは勿論出来ないことだ。そんな事はあるまいと、可怖いながら疑いを挾んでいた私は、この叫びで、一どきに面していた危険の大きさを感じ、思わずぞっとしたのであった。ぼんやり地平線に卵色の光りはじめた黎明の空に、陰気に睡そうに茂っていた高原の灌木、濁った、狭い提灯の灯かげに閃いた白刃の寒さ。目の前の堤にかけ登って、ずっと遠くの野を展望した一人の消防夫の小作りな黒い影絵の印象を、恐らく私は生涯忘れないだろう。