Japanische Klassiker mit Furigana
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かとにん
過渡人
豊島 与志雄
Lesen Sie 過渡人 (かとにん) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 20.206 Zeichen · 41 Bildschirme
その窓の下の方に、一寸した煩事用の仕掛があって、その横の棚にある鼠不入の中には茶椀などの食器類がごちゃごちゃと入っている。床が低くて、畳の縁がぼろぼろに擦り切れている室が二つ、奥の室には小さいくすんだ古箪笥と其他のもの、前の室に薄い唐草模様の木綿蒲団に岩田が仰向に寝ている。眼が落ち凹んで顴骨と頬骨とが高く飛び出ている。喉を切り裂いて差し込んだ護謨管から漸く弱い呼吸が通っているらしい。僅かな流動物で辛うじて生命を繋ぎとめている身体には凡ての力の根が涸れつくしているようである。唇をだらりと垂れて、赫く日に焼けて禿げた額のみがてらてら光っている。その側に、白髪交りの僅かな髪を束ねた彼の妻がじっと坐って居る。蒲団から投げ出している夫の手に彼女は時々触ってみる。器械に瓜を削ぎ取られた妙な恰好の親指に。彼女の視線は落ちる。彼女は時々咳をする……。
――岩田が喉頭癌を病んでから、矢島さんは費用を惜しまずその治療をさしてやった。然し岩田は矢島さんの寛大な親切の少しをしか実行せしめなかった。彼は頑固にその卑賤な境界を固守した。そして長い臥床の後に死んだ。その後間もなくその妻も、夫と同じ薄い蒲団の上で静に眼を瞑った。