Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
ものおもうあし
もの思う葦
Lesen Sie もの思う葦 (ものおもうあし) von Dazai Osamu (太宰 治) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 20.430 Zeichen · 42 Bildschirme
久保田万太郎か小島政二郎か、誰かの文章の中でたしかに読んだことがあるような気がするのだけれども、あるいは、これは私の思いちがいかも知れない。芥川龍之介が、論戦中によく「つまり?」という問を連発して論敵をなやましたものだ、という懐古談なのだ。久保万か、小島氏か、一切忘れてしまったけれども、とにかく、ひどくのんびり語っていた。これには、わたくしたち、ほとほと閉口いたしましたもので、というような口調であった。いずくんぞ知らん、芥川はこの「つまり」を掴みたくて血まなこになって追いかけ追いかけ、はては、看護婦、子守娘にさえ易々とできる毒薬自殺をしてしまった。かつての私もまた、この「つまり」を追及するに急であった。ふんぎりが欲しかった。路草を食う楽しさを知らなかった。循環小数の奇妙を知らなかった。動かざる、久遠の真理を、いますぐ、この手で掴みたかった。
「つまりは、もっと勉強しなくちゃいかんということさ。」「お互いに。」徹宵、議論の揚句の果は、ごろんと寝ころがって、そう言って二人うそぶく。それが結論である。それでいいのだとこのごろ思う。
私はたいへんな問題に足を踏みいれてしまったようである。