Japanische Klassiker mit Furigana
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キリストきょうにゅうもん
キリスト教入門
矢内原 忠雄
Lesen Sie キリスト教入門 (キリストきょうにゅうもん) von 矢内原 忠雄 (やないはらただお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 119.257 Zeichen · 234 Bildschirme
しかしみずから清い人間であるとは、決して意識しないのである。自己の意識においては、我らは常に「罪を赦された罪人」である。
一方では、基督者を目して「偽善者」という批評もある。それは神だとか、信仰だとか、愛だとか、救いだとか、きれいなことを口にしているが、その生活の内容は矛盾に満ちているではないか、というのである。この批評もまた、信仰生活の性質についての無理解から出るのである。
基督者は道徳的に清い人間だからキリストを信じたのではなく、またキリストを信じたから、すぐに道徳的に清い人間になったのでもない。聖潔に至る種は、信仰によってたしかに我らのうちに宿された。しかし我らが肉体にありて生きている間は、罪もまたなお肉体に宿っているから、死に至るべき旧き我と、聖潔に至るべき新しい我とが、はげしいたたかいを我の中でたたかいつづける。神の恩恵により、我が聖潔はたしかに旭日のごとく輝き出る日が来るであろう。しかし肉体にて生きる間は、我が聖潔は過程であって、完成ではない。我が実情は、二つの我のたたかいであり、その矛盾は我を悩ませる。この我が矛盾を指摘して嘲る世人の批評に対して、基督者は、ヨブが三人の友人の非難に対して答えたごとく、憐みを求めることはあり得ても、抗弁することはあるまい。