Japanische Klassiker mit Furigana
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セトナおうじ(かだい)
セトナ皇子(仮題)
Lesen Sie セトナ皇子(仮題) (セトナおうじ(かだい)) von Nakajima Atsushi (中島 敦) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 1.733 Zeichen · 4 Bildschirme
だから彼の疑は、そんな事に就いてではない。古書を拡げている中に、ひょいと或る不安が彼の心を掠めた。はじめは、その正体が分らなかった。何でも彼の今迄蓄えた全智識の根柢をゆるがせるような不安である。何を考えていた時に、そんな奇怪な陰が過ぎったのか? 彼はたしか、最初の神ラーの未だ生れない以前のことを読み、且つ考えていた。ラーは何処から生れたか? ラーは太初の混沌ヌーから生れた。ヌーとは、光も陰もない、一面のどろどろである。それではヌーは何から生れたか。何からも生れはせぬ。初めから在ったのである。此処迄は、子供の時からよく知っている。しかし、今、古書をひろげている中に、妙な考えが浮かんだ。初めにヌーが何故あったか? 無くても一向差支えなかったのではないかと。不安の因になったのは、これだった。この考えが浮んだ時、奇怪な不安の翳が、心を掠めたのである。
何を馬鹿馬鹿しい、とはじめは嗤い棄てようとしたセトナ王子も、暫く考えている中に、この疑問が決して馬鹿にならないのに気がついた。馬鹿にならないどころか、この疑は、春の沼辺の水草の根の様に、見る見る、彼の心の中に根を張り枝を伸ばして行く。