Japanische Klassiker mit Furigana
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Lesen Sie 下谷叢話 (したやそうわ) von 永井 荷風 (ながいかふう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 122.971 Zeichen · 246 Bildschirme
第十七
枕山が横山湖山と中秋の良夜を期して舟を墨水に泛べたのは天保十四年に始ってここに五年となった。わたくしは年々枕山がつくる所の詩賦を誦み、昔江戸の詩人の佳節に逢うごとに、いかにその風月を賞して人生至上の楽事となしたかを思い、翻って大正の今日にあっては此の如き往時の慣習既に久しく廃せられてまた興すに道なきことを悲しまなければならない。
第十七
弘化五年戊申二月二十八日に嘉永と改元せられた。
この年の春横山湖山が『湖山楼詩屏風』二巻を刻し、五月に長谷川昆渓が『名家詩録』二巻を上木し、大坂の書肆が『嘉永二十五家絶句』四巻を刊行した。
この年詩壇の耆宿菊池五山が八十歳の春を迎えたので、枕山を始めとして江戸の詩人はいずれも寿言を賦してこれを賀している。
中秋の夜、枕山は例年の如く墨水に月を賞した。『詩鈔』を見るに、「中秋、懐之及ビ田村考叔、植村子順ト同ジク舟ヲ東橋ニ買ヒ、棹月楼ニ至ル。コノ夜月色奇明ナリ。夜半マタ某楼ニ上ル。」として七律三首を載せている。
植村子順、名は正義、通称は某、蘆洲と号した。下谷車坂町に住した某組の与力で詩を枕山に学んだ。明治十八年享年五十六で没したので、嘉永元年には年十九である。