Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Lesen Sie 下谷叢話 (したやそうわ) von 永井 荷風 (ながいかふう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 122.971 Zeichen · 246 Bildschirme
悠悠心迹送残涯。可無詩夢尋春草。未使朝衫付酒家。老後功名如古暦。酔来顔色似唐花。東風料峭天街遠。力疾還登下沢車。」〔五十纔カニ過ギテ鬢已ニ華/悠悠心迹残涯ヲ送ル/詩夢ノ春草ヲ尋フコト無カル可ケンヤ/未ダ朝衫ヲシテ酒家ニ付セ使メズ/老後功名古暦ノ如シ/酔来顔色唐花ノ似シ/東風料峭トシテ天街遠ク/疾ヲ力シテ還タ下沢車ニ登ル〕」云々としてある。
森春濤の男槐南も毅堂に師事した人である。槐南は公爵伊藤博文の知遇を受け内閣に出仕し、累進して晩年には宮内大臣秘書官より転任して式部官となった。明治四十二年十月伊藤公の哈爾賓において狙撃せられた時槐南も公に随行し同じく銃丸を受け帰朝の後いくばくもなくして世を去った。享年四十九である。
明治二十三年庚寅九月二十六日、毅堂の未亡人川田氏美代が感冒の後肺を病むこと半年ばかりにして下谷竹町の家に没した。天保十年四月二十五日の生より庚を享くること五十二年である。未亡人は本郷壱岐殿阪にあった独逸ユニテリヤン派の教会の信徒であったので、葬儀はこの教会において執行せられた。儒者の遺族が耶蘇教の信徒となり外国宣教師の手によって葬らるるに至ったのもまた時勢の然らしめた所であろう。