Japanische Klassiker mit Furigana
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ちよこ(さん)
千世子(三)
宮本 百合子
Lesen Sie 千世子(三) (ちよこ(さん)) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 26.906 Zeichen · 54 Bildschirme
(一)
千世子は大変疲れて居た。
水の様な色に暮れて行く春の黄昏の柔い空気の中にしっとりとひたって薄黄な蛾がハタハタと躰の囲りを円く舞うのや小さい樫の森に住む夫婦の「虫」が空をかすめて飛ぶのを見る事はいかにも快い身内の疲れを忘れさせて呉れる事だった。
あきる時を知らない様に千世子は自分の手足とチラッと見える鼻柱が大変白く見えるのを嬉しい様に思いながらテニスコートの黒土の上を歩きまわった。
町々のどよめきが波が寄せる様に響くのでまるで海に来て居る様な気持になって波に洗われる小石のすれ合う音や藻の香りを思い出し、足の下からザクザク砂を踏む音さえ聞えて来そうであった。
これから書こうと思って居るものの冒頭を考えたりしながら自分一人の世界の様に深い深い呼吸をゆったりとして澄んだ気持になった。
力強い自信と希望は今更の様に千世子の心の中いっぱいに満ち満ちて世の中のすべてのものが自分一人のために作られたと思う感情に疑をはさんだり非難したりなんかする事は出来なかった。
緑の色が黒く見えて尊げな星の群が輝き出した時しなければならない事をすました後の様な気持で室に戻った千世子は習慣的に机の前にさも大した事がありそうにぴったりと座った。