Japanische Klassiker mit Furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Lesen Sie 古句を観る (こくをみる) von 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.028 Zeichen · 333 Bildschirme
この句の眼目は「おもし」の一語に尽きる。これによって客観的に※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)の餌袋を重しと見るのみならず、何となく自分の事ででもあるかのような感じを与える。※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)に親しい生活の人でなければ、こういうことは捉えにくいだろうと思う。
味噌の香に蔵の戸前や五月雨 海人
陰鬱な五月雨の空気の中に漂う侘しい香を見つけた――嗅ぎつけたのである。味噌は蔵の中にあるのであろう。じめじめした暗い五月雨と、プンと鼻に感ずる味噌の香とを脳裏に浮べ得る人ならば、この句の趣は説かずともこれを了するに相違ない。
子規居士に「秋雨や糠味噌臭ふ仏の間」という句があったと記憶する。季節も違い、場所も違い、匂うものも違うけれども、嗅覚が捉えた句中の趣には、自ら相通ずるものがある。
中わろき隣合せやかんこどり 一夫
「さびしさに堪へたる人の又もあれな」というような山里ででもあるか、閑古鳥が啼くといえば、自ら幽寂な境地を想像せしめる。しかもそこに住んでいる人は、隣合っていながら仲が悪い、という人間世界のやむをえざる事実を描いたものらしい。