Japanische Klassiker mit Furigana
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ぜんぞうをおもう
善蔵を思う
Lesen Sie 善蔵を思う (ぜんぞうをおもう) von Dazai Osamu (太宰 治) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 14.041 Zeichen · 29 Bildschirme
事を構えて欠席したら、或いは、金を貸さなかったから出て来ないのだと、まさかそんなことは有るまいけれど、もし万一そのような疑惑を少しでも持たれたなら、私は死ぬる以上に苦しい。決して、そんなことは無いのだ。あの時のことは、かえって真実ありがたく思っているのだ。私は、いまは是が非でも出席しなければならぬ。それが、理由の二つ。その三つは、招待状の文章に在った。――黄金色の稲田と真紅の苹果に四年連続の豊作を迎えようとしています、と言われて、私もやはり津軽の子である。ふらふら、出席、と書いてしまった。眼のまえに浮ぶのである。ふるさとの山河が浮ぶのである。私は、もう十年も故郷を見ない。八年まえの冬、考えると、あの頃も苦しかったが、私は青森の検事局から呼ばれて、一人こっそり上野から、青森行の急行列車に乗り込んだことがある。浅虫温泉の近くで夜が明け、雪がちらちら降っていて、浅虫の濃灰色の海は重く蜒り、浪がガラスの破片のように三角の形で固く飛び散り、墨汁を流した程に真黒い雲が海を圧しつぶすように低く垂れこめて、嗟、もう二度と来るところで無い! とその時、覚悟を極めたのだ。