Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
ぜんぞうをおもう
善蔵を思う
Lesen Sie 善蔵を思う (ぜんぞうをおもう) von Dazai Osamu (太宰 治) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 14.041 Zeichen · 29 Bildschirme
まるまる太って無邪気に気負い、おのれ意慾すれば万事かならず成ると、のんのん燃えて天駈けた素晴らしい時刻も在ったのだ。いまは、弱者。もともと劣勢の生れでは無かった。悪の、おのれの悪の自覚ゆえに弱いのだ。「われ、かつて王座にありき。いまは、庭の、薔薇の花を見て居る。」これは友人の、山樫君の創った言葉である。
私の庭にも薔薇が在るのだ。八本である。花は、咲いていない。心細げの小さい葉だけが、ちりちり冷風に震えている。この薔薇は、私が、瞞されて買ったのである。その欺きかたが、浅墓な、ほとんど暴力的なものだったので、私は、そのとき実に、言いよう無く不愉快であった。私が九月のはじめ、甲府から此の三鷹の、畑の中の家に引越して来て、四日目の昼ごろ、ひとりの百姓女がひょっこり庭に現われ、ごめん下さいましい、と卑屈な猫撫声を発したのである。私はその時、部屋で手紙を書いていたのであるが、手を休めて、女のさまを、よく見た。三十五、六くらいの太った百姓女である。顔は栗のように下ぶくれで蒼黒く、針のように細い眼が、いやらしく光って笑い、歯は真白である。私は、いやな気持がしたから、黙っていた。