Japanische Klassiker mit Furigana
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なつのはな
夏の花・心願の国
原 民喜
Lesen Sie 夏の花・心願の国 (なつのはな) von 原 民喜 (はらたみき) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 152.816 Zeichen · 310 Bildschirme
だが、そこの坂を下って、橋のところまで行くうちに、靄につつまれた街は刻々にうつろって行く。どこの店でも早くから戸を鎖ざし、人々は黙々と家路に急いでいた。たまに灯をつけた書店があると、彼は立寄って書棚を眺めた。彼ははじめて、この街を訪れた漂泊者のような気持で、ひとりゆっくりと歩いていた。そうしているうちにも、何か急きたてるようなものがあたりにあった。日が暮れて路を見失った旅人の話、むかし彼が子供の頃よくきかされたお伽噺に出てくる夕暮、日没とともに忍びよる魔ものの姿、そうした、さまざまの脅え心地が、どこか遠くからじっと、この巷にも紛れ込んでくるのではあるまいか。
……弥生も末の七日明ほのゝ空朧々として月は在明にて光をさまれる物から不二の峯幽にみえて上野谷中の花の梢又いつかはと心ほそしむつましきかきりは宵よりつとひて舟に乗て送る千しゆと云所にて船をあかれは前途三千里のおもひ胸にふさかりて幻のちまたに離別の泪をそゝく
彼は歩きながら『奥の細道』の一節を暗誦していた。これは妻のかたわらで暗誦してきかせたこともあるのだが、弱い己れの心を支えようとする祈りでもあった。