Japanische Klassiker mit Furigana
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いちかわくめはち
新編 近代美人伝 (下)
長谷川 時雨
Lesen Sie 新編 近代美人伝 (下) (いちかわくめはち) von 長谷川 時雨 (はせがわしぐれ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 138.172 Zeichen · 277 Bildschirme
身分があるとか、金持ちだとかいうのとは、また異っている。それらの人たちからも拝まれてもいれば、一般からもおがまれている。ある時は人間であり、ある時は阿弥陀さまと同列に見られ――見る方が間違っているのだが、特別人あつかいで、それが代々、親鸞聖人以来であり、しかもその祖師は、苦難をなされはしたが、もとが上流の出であり、いかなる場合にも凡下とはおなじでなく、おがまれ通してきた血であることだ。本願寺さまは本願寺さまでなければならぬところを、大谷家になり、子爵と定まり、伯爵となったが、それだけでも門徒には大打撃だったのだ。生仏さまの血脈が、身分が定まってしまったのだから、信徒の人々には一大事で浅間しき末世とさえおもわれたのだ。
武子さんはそうした家柄の、本派本願寺二十一代法主明如上人(大谷光尊)の二女に生れ、長兄には、英傑とよばれた光瑞氏がある。
で、また、ここに、他の宗教家と著しく違うところに、親鸞聖人の妻帯は、必死の苦悩を乗りこした浄土であったのだが、いつからのことか、このお寺だけはお妾のあることがなんでもないことになっていて、お生母さんというものがあることなのだ。