Japanische Klassiker mit Furigana
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きゅうしゅじん
旧主人・芽生
島崎 藤村
Lesen Sie 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) von 島崎 藤村 (しまざきとうそん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 149.813 Zeichen · 302 Bildschirme
香ばしい珈琲のにおいは、過去った方へ大塚さんの心を連れて行った。マルを膝に乗せて、その食卓に対い合っていた時の、彼女の軽い笑を、まだ大塚さんは聞くことが出来た。毛糸なぞも編むことが上手で、青と白とで造った円形の花瓶敷を敷いて、好い香のする薔薇でその食卓の上を飾って見せたものだ。花は何に限らず好きだったが、黄な薔薇は殊におせんが好きな花だった。そして、自分で眼を細くして、その香気を嗅いで見るばかりでなく、それを家のものにも嗅がせた。マルにまで嗅がせた。まだ大塚さんはその食卓の上に載せた彼女の白い優しい手を見ることが出来た。その薔薇を花瓶のまま持って夫に勧めた時の、彼女の呼吸までも聞くことが出来た。
庭へ行って見た。食堂から奥の座敷へ通うところは廻廊風に出来ていて、その間に静かな前栽がある。可成広い、植木の多い庭が前栽つづきに座敷の周囲を取繞いている。古い小さな庭井戸に近く、毎年のように花をつける桜の若木もある。他の植木に比べると、その細い幹はズンズン高くなった。最早紅くふくらんだ蕾を垂れていたが、払暁の温かい雨で咲出したのもある。そこはおせんが着物の裾を帯の間に挿んで、派手な模様の長襦袢だけ出して、素足に庭下駄を穿きながら、草むしりなぞを根気にしたところだ。