Japanische Klassiker mit Furigana
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きゅうしゅじん
旧主人・芽生
島崎 藤村
Lesen Sie 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) von 島崎 藤村 (しまざきとうそん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 149.813 Zeichen · 302 Bildschirme
奥様は目を閉って一口に飲干して、御顔を胡燵に押宛てたと思うと、忍び音に御泣きなさるのが絞るように悲しく聞えました。唐紙に身を寄せて聞いて見れば、私も胸が込上げて来る。男は奥様を抱くようにして、御耳へ口をよせて宥め賺しますと、奥様の御声はその同情で猶々底止がないようでした。私はもう掻毟られるような悶心地になって聞いておりますと、やがて御声は幽になる。泣逆吃ばかりは時々聞える。時計は十時を打ちました。茶を熱く入れて香のよいところを御二人へ上げましたら、奥様も乾いた咽喉を霑して、すこしは清々となすったようでした。急に、表の方で、
「御願い申しやす」
それは酔漢の声でした。静な雪の夜ですから、濁った音声で烈しく呼ぶのが四辺へ響き渡る、思わず三人は顔を見合せました。
「誰だろう」と奥様は恐がる。
「御願い申しやす、御休みですか」
歯医者はもう蒼青になって、酒の酔も覚めて了いました。震えながらきょろきょろと見廻して、目も眩んだようです。逃隠れをしようにも、裾の長い着物が足纏いになって、物に躓いたり、滑ったりする。罎は仆れて残った葡萄酒が畳へ流れました。
半信半疑で聞いていた私も、三度呼ばれて見れば、はッと思いました。