Japanische Klassiker mit Furigana
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めいじげきだん ランプのもとにて
明治劇談 ランプの下にて
岡本 綺堂
Lesen Sie 明治劇談 ランプの下にて (めいじげきだん ランプのもとにて) von 岡本 綺堂 (おかもときどう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 167.283 Zeichen · 329 Bildschirme
そこが団十郎の柄にはまっていたとも言い得られるが、質店の番頭となるとそうは行かない。あの勿体らしい顔をして団十郎がどんな善六を演じるか、それが一般の興味を惹いた。劇場側でも無論にそこを狙ったらしい。
団十郎が善六を勤める以上、なにか変わった新工夫を見せるかと、わたしはひそかに期待していたが、その期待はすっかり裏切られて、団十郎の台詞も仕種も今までわたしが鳥熊の芝居や鈍帳芝居で見馴れている善六とちっとも変わらなかった。彼はいつもの活歴物などを演ずる場合とは打って変わって、あくまでも忠実に在来の型を守っているらしかった。しかしその紋切形通りの善六はたしかに巧かった。取り分けて「さあ、如何ようにも御存分、主のためならこのからだ、寸々に刻まれても、厭うような善六めではござりませぬ。」という、その空々しい台詞廻しの巧さは、今でもわたしの耳に残っている。
その後にわたしは歌舞伎座で菊五郎の善六を観たが、後者はどうも真面目でない。初めからふざけてかかっているような素振りが見えていたが、団十郎はあくまでも真面目であった。実際この場合、善六自身としては決してふざけているのではない、当人は一生懸命でやっている仕事が、他人にはすべて滑稽に見えるのであるから、その大真面目の滑稽が当然であろう。