Japanische Klassiker mit Furigana
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みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
Lesen Sie 民藝四十年 (みんげいよんじゅうねん) von 柳 宗悦 (やなぎむねよし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 182.248 Zeichen · 368 Bildschirme
醜でない美というが如きものは高が知れている。そんなものが真に美しいものであるはずはない。美しさもまた迷いに過ぎない、それが醜さに対する限りは。拙もまた救いから離れない、それが巧に向い合わぬ限りは。普通に常識がいう美しさは、美醜が二つに分れて已後のものである。だが二つに未だ分れない已前の美をこそ訪わねばならない。もっともこの已前とか已後とかここでいうのは、時間の前後を指してのことではない。已前とは時間のない世界、過去も未来もない世界のことを語っているのである。それ故不生不滅の意味である。
畢竟真に美しいもの、無上に美しいものは、美とか醜とかいう二元から解放されたものである。それ故自由の美しさとでもいおうか。自由になることなくして真の美しさはない。弥陀を無礙光如来と呼ぶが、無礙たることが如来たることである。醜さを恐れ美しさに囚えられているようなものは、真に美しくはあり得ない。自由が欠けるからである。否、言葉を強めていえば、自由たることのみが美しさなのである。ただこの美しさは前にも述べた通り、自律する美しさで、反律としての美しさではない。美醜に分れることは人間を不自由にする。