Japanische Klassiker mit Furigana
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みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
Lesen Sie 民藝四十年 (みんげいよんじゅうねん) von 柳 宗悦 (やなぎむねよし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 182.248 Zeichen · 368 Bildschirme
時々自身でもよくこんなに集めたものだと思うことがある。
もっとも私は蒐集品の全部を民藝館に寄贈したし、今家庭で使っているものも、値打のあるものは凡て、将来館に寄贈するつもりだから、実際には私が持主なわけではなく、自分のものはむしろわずかよりないのである。しかしそういう意味で「少しより持っていないのだ」と弁明しようとするのではない。更に大いに買いたいのだし、持ちたいのだし、物さえ出れば今も折を逃さぬ性だから、「まだ買うのか」といわれても、「持ち過ぎる」といわれても、強ち不当な評言だとは思われぬ。しかし一面では大いに不服なのである。充分私の買い方を知っての批評だとは思われぬ。それで、「蒐集の弁」を一応は書き残すこととしたい。これで私の蒐集の意味や、終りなく買う意味を理解して貰えるかと思う。またこれで蒐集そのものの本義には触れて貰えるかと思う。
なるほど私は折さえあれば今も買うから、結果として、沢山持ち、必要以上に持ち、従って更に殖やせば当然持ち過ぎるともいえるが、私としてみれば買うのは沢山数を殖やす興味からではないのである。もっとも民藝館のことを考えると、一つでもよけいに殖やしておけば、後に来る人にはきっと役に立つに違いないから、数が殖えることにも大いに意味はあるのである。