Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
Lesen Sie 現代唯物論講話 (げんだいゆいぶつろんこうわ) von 戸坂 潤 (とさかじゅん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 251.295 Zeichen · 490 Bildschirme
第一 生命の概念
吾々は少なくとも生物が存在していることを知っている。というのは、或る存在だけは生きていると考えられる。併し之だけの事実の内に、もう二つの最も困難な問題が潜んでいるだろう。第一は生きているということがどういうことであるか、である。夫が判らなければ或る物が生きているか生きていないかは決定出来ない筈であった。そして第二に、仮に何かの方法で――恐らく吾々自身は生きていることを体験出来るから自分からの類推ででも――、生きているという事柄が大体見当がついたとしても、果してどの存在が生きていてどの存在が生きていないかは、吾々がその物自身でない限り体験も出来ないのであるから、その類推に明証を見出すことは出来ない。何故他人とか又犬とかは、生きたものと考えられねばならないか(デカルトなどは動物を器械だとさえ考えた。そしてラ・メトリは人間は動物であるが故に又機械であると考えた)。それはかの感情移入にでも依るのであるか(テオドル・リップス)。茲に横たわるのは有機体と無機物との区別・関係・の問題である。必然的に連関したこの二つの問題は、恐らく最も困難な問題であるばかりでなく、而も更に面倒なことには、これ等の問題が避け難い必然性を以て吾々に肉迫してくるのである。