Japanische Klassiker mit Furigana
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しょうじょうるてん
生々流転
岡本 かの子
Lesen Sie 生々流転 (しょうじょうるてん) von 岡本 かの子 (おかもとかのこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 297.521 Zeichen · 586 Bildschirme
というのがあるが、判るかね」
と首を仰向いて、閾うちにいるわたくしの顔を射し込む早春の陽ざしと共に額越しに眩しそうに眺めながら言います。
「そのくらいのこと、わたしだって判るわ」
と言いますと、嬉しそうに頷きましたが、
「面白い句だが、まだこの句には、到ってはいないところがあるんだぜ」と言います。
「昔の人の発句なんかゞ到ろうと到るまいと、今の人間の私たちに、どうでもいゝじゃないの」とはぐらかしてやりますと、
「いや、そうじゃない。これは単に俳句だけの問題でなく、一般にものごとの鑑賞力がしんに徹っているかいないかの問題に係わって来るのさ」と言います。
わたくしは、なお続いてこの坊っちゃんが何か意見を述べたげなのを面倒臭いとは思いましたが、大事の前の小事ですから、
「聴くわ。だから、あんたの気の済むまで、その問題に係ってみてごらんなさい」と、こんな言い方で続きを誘い出してやりました。そこで池上の次いで述べた意見では――
物事の遅速の面白味というものを、二本に分けた梅の木の上で表現しようとするのは、鑑賞から来る愛が散漫で而も理窟過ぎる。これは梅一本の上でなければならない。