Japanische Klassiker mit Furigana
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かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ
魯山人書論
北大路 魯山人
Lesen Sie 魯山人書論 (かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ) von 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 84.639 Zeichen · 175 Bildschirme
謂わば規則を超越している能書であって、不昧公なども筆こそ弱いがそういう点があって、身上をなしている。しかし、不昧公には遠州や宗和ほどの品格と底力が具わってはいない。けれども、なんといっても茶をあれだけやっている人だけに、当時の人としては儒者などに較べると、最も優れた書をかいているのである。では、現代の茶人の書はどうであろうか。昔の人を我々はとかくいうが、さて現代となると、情けないありさまであって、さすが茶人だといい得られるほどの人は非常に少ない。
逝った井上侯などはいいほうで、さすがは、と肯ける書であった。伊藤公の書は、うまいにはうまいが、茶がないからうま過ぎる。上手のところを、ご本人自ら鼻にかけているところが気になる。同じ俗書でも、井上侯の書は一概に俗書といい切れない美しいものがある。
亡くなった馬越恭平翁の書は非常にいかつい、いわば人柄だけのしっかり者の書であったが、それでも茶をやった人だけに、さすがに茶人らしい趣味的な具合のいい美しさを持っている。実業家の書からああいう美を生み出し得たのはなんといっても茶のおかげであったといえよう。
次に、そんなら茶の家元千家はどうかというと、茶の宗家ではあるが、天才人が生まれぬためか、また、茶道の教授を商売にするためにか、いわゆる商売根性が反映して、茶の妙美、茶