Japanische Klassiker mit Furigana
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かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ
魯山人書論
北大路 魯山人
Lesen Sie 魯山人書論 (かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ) von 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 84.639 Zeichen · 175 Bildschirme
それは皆が皆、同じ自然美をもっているのであります。いやしくも書画をよくせんとするものは、皆その天然性に従っていいと思う。硬い柔らかいどちらも可否はないと思う。申すまでもなく天の仕事に無理はないのであって、この庭にごらんの通り木賊がつんつんと生えております。またその傍の熊笹のパラッとした感じでも、どちらにしても各自好む所によって、この自然から筆を起こしこれを学ぶより他、途はないと思います。いい線を引くという事は、むしろ書の手本をみるよりも、この自然界の現象を直視して、それから色々と自然美を芸術的に感じた方が正しいと思う。それでこそ、能書を見た場合、「ああこれだね」と会得する事が多いのであります。中国でも雲の走る形容、雲の起こる形容、水の流るる形容、奔馬の駆る形容等、書の形容は沢山ありますが、それは皆自然に従うより他、途がない事を説明していると思います。そこで自然を見て眼を養い、いい人の書いたものを見直す。かく五分五分に眼を遣って、研究するより他ないと思います。それに就きまして、気韻というのは皆銘々持っている品格個性でありまして、先天的あるいは後天的自己でありまして、その人の品格というものが率直に偽りなしに表現されておる。