Japanische Klassiker mit Furigana
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おりべというとうき
魯山人陶説
北大路 魯山人
Lesen Sie 魯山人陶説 (おりべというとうき) von 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 62.241 Zeichen · 127 Bildschirme
色絵祥瑞写古九谷皿
その点は物の内容を見る明があってこその話である。
このごろの日本は、かような見地からすればすこぶる中国式に傾いている。何でも完全でなければいかんという考えが先になって、物の内容を忘れがちになっている。九谷時代に比べて不見識も甚だしいと言わねばなるまい。
例えば、西洋皿にけし粒ほどの傷が出来ると既にこれはいかんと言う。言い換えれば、けし粒ほどの傷がないためにその皿にはなんらかの価値があるが、けし粒ほどの傷があれば、既に無価値に堕してしまうということである。だから、かかる皿には初めから内容的価値は全くなく、作者にはけし粒を意としないだけの見識もないのである。
内容さえあれば、誰がけし粒ほどの瑕瑾をとがめよう。人間でもそうだ。いかに偉人でもちょっとした欠点は持っている。そんな瑕瑾があるために、偉人の価値が消えてなくなるだろうか。かかる風潮の現代人は宜しく古九谷の前に恥ずべきである。以上の考えから、私は結論して言う。
万暦赤絵のような綺麗なものは西洋人に持たせるがいい。九谷の方は日本人が所蔵すべきである、と。(昭和十年)
色絵祥瑞写古九谷皿
陶器好きのみなさん、この絵皿をごらんください。