Clásicos japoneses con furigana
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いくどめかのさいご
幾度目かの最期
久坂 葉子
Lee 幾度目かの最期 (いくどめかのさいご) de 久坂 葉子 (くさかようこ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 59.103 caracteres · 121 pantallas
その方が、父は喜ぶし、私にとっても楽に出来得ることなんですから、ことは簡単。父は、私の想像していた通りでした。お前には何を云ったって怒らないからいい。父は云いました。私は苦笑します。父をにくみながら、父をあわれに思うこともあります、さて、私の母はというと、これはお育ちがよくて、のんびりしていて、実に円満なんで、たくさんの人から愛されています。でも小母様私の母は、まるで、何も知らない人なんです。彼女にそれを求めるのは無理でしょうけど。この間も、兄に思いをかけている酒場のマダムを、あったこともないのに、ひどく悪くいうのです。私は少しお説教しましたけど。でも母にとってみれば、何にもわからないことでしょう。
小母様、私は母を愛しちゃいません。しかし、母をせめませんし、別の人をみてこんな母だったらいいのにとは決して思わないのです。私は、母に対する自分のつながりをみとめることが出来ないのです。父に対しては、つながりをみとめるのです。兄と同様、私も、親の光で、久坂葉子の今の状態までなれたのだと人に云われ、どこへ行っても、父が父の名前が、私につきまとっているのですから。