Clásicos japoneses con furigana
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にっき
日記
宮本 百合子
Lee 日記 (にっき) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 61.953 caracteres · 124 pantallas
八月三十日
〔九月予記表〕
九月一日
九月二日
おかあさま英男皆安積から帰る。
国男さんのことを種々話し、あの人の結婚問題のことについて考える。
〔九月予記表〕
「午市」を書き
「南路」を書き。
「黄銅時代」に再び着手。
九月一日(木曜)
クロポトキンの「文学史」に対する考。
ロシアの文芸批評家に関して読む。ロシアの文芸批評家を一貫して流れて居た傾向が是か非かと云う問題を論ずるに自分の芸術観は余り薄弱なものである。けれども、トルストイの芸術論に至るまで系統的な歴史と理想の発展とを持って来たロシアの文芸批評は、日本の現状とはまことに遠いものである。
日本の文芸批評家が広く、客観的に日本の社会状態を視て、この社会の裡に生きて居る文学者の種々な傾向を批評するだけのなぜ大きさがないのだろう。あまり狭い専門的職業家になって居る。そのために云う言葉の範囲と深大さとが欠けてしまうのである。
九月二日(金曜)
何にしろ、日本はあまり苦しまなさすぎると思う。
人道主義が日本で真実な発展を出来ないのは、深い鋭い人道主義が人間の心心に要求される程、生活が深刻でないからではないか。其故、この楽な、ほろり主義の文学上で(生活の中で)人道主義を強調する結果は滑稽になる。