Clásicos japoneses con furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Lee 現代訳論語 (げんだいやくろんご) de 下村 湖人 (しもむらこじん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 127.327 caracteres · 256 pantallas
一九(四五三)
○ ※声==※の音楽。極めて淫猥なものであつた。
○ 楽雅==正しい音楽。
一九(四五三)
先師がいわれた。――
「私はもう沈默したいと思っている。」
子貢がいった。――
「先生がもし沈默なさいましたら、私共門人は何をよりどころにして、道をひろめましょう。」
先師がいわれた。――
「天を見るがいい。天に何の言葉があるのか。しかも四季の変化は整然と行われ、万物はたゆみなく生育している。天に何の言葉があるのか。」
○ 本章の孔子の言葉の解釈にはつぎのような四つの異説がある。
(一)「言葉よりも実行が大切だ、天に学べ、」と教えたという説。
(二)一七〇章に「われなんじに隱すことなし」とあるが、それと同じく、「自分がたとい沈默していても、自分の実行を見ればわかるはずだ。天はものを言わないが。あの通り事実においてわれわれにすべてを示しているではないか」と暗に自分を天に比して抱負の大なるを示しつつ、言葉のみを求める門人を戒めた、という説。
(三)「道が世に行われない。もう言葉は無益だ。沈默しよう。」という歎息をもらしたが、子貢の言葉にあうと、「あの天に学ぼう。天はものをいわないで、あの通り見事な仕事をしている」