Clásicos japoneses con furigana
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はんにゃしんぎょうこうぎ
般若心経講義
高神 覚昇
Lee 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) de 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 106.121 caracteres · 213 pantallas
惑と業と苦の連鎖
「なにゆえに宗教が必要なのだ」という質問は、つまりなにゆえに、「われらは生きねばならぬか」という質問と同一です。宗教の必要を認めない人は、人間として生きる権利を抛棄した人です。人間としての、尊き矜持は「生きる」ということを、考えるところにあるのです。しかも、一度でも「いかに生くべきか」ということを、真剣に考えたとき、それはもはやすでに「宗教の世界」にタッチしているのです。宗教に入っているのです。いや、宗教を離れては、どうしても「生きる」ということのほんとうの意味を、把むことはできないのです。
惑と業と苦の連鎖 話がつい横道にそれました。さてこの十二因縁ということですが、これについては、昔からいろいろとめんどうな、むずかしい議論もありますが、こういったらよいかと存じます。いったい、仏教では、私どもの生活は、この現在の一世だけではなく、過去と、現在と、未来との三世に亙って、持続するというのです。「三世輪廻」というのはそれです。ところがその生活の過程は、結局、惑と、業と、苦の関係だというのです。いわゆる「惑業苦の三道」というのはそれです。いうまでもなく惑とは、「迷惑」