Clásicos japoneses con furigana
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はんにゃしんぎょうこうぎ
般若心経講義
高神 覚昇
Lee 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) de 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 106.121 caracteres · 213 pantallas
芭蕉の辞世
やがては濡れる海女さえも、浜までは時雨を厭うて簑をきる、この海女の優にやさしい風情こそ、教えらるべき多くのものがあります。それはちょうど、ほんとうに人生をあきらめ悟った人たちが、うき世の中を見捨てずに、ながい目でもって、人生を熱愛してゆくその心持にも似ているのです。一切空だと悟ったところで、空はそのまま色に即した空であるかぎり、煩わしいから、厭になった、嫌いになった、つまらなくなったとて、うき世を見限ってよいものでしょうか。まことに「浜までは」です。けだし「浜までは」の覚悟のできない人こそ、まだほんとうに空を悟った人とはいえないのです。
芭蕉の辞世 あの『花屋日記』の作者は、私どもに芭蕉翁の臨終の模様を伝えています。
「支考、乙州ら、去来に何かささやきければ、去来心得て、病床の機嫌をはからい申していう。古来より鴻名の宗師、多く大期に辞世有り。さばかりの名匠の、辞世はなかりしやと世にいうものもあるべし。あわれ一句を残したまわば、諸門人の望足りぬべし。師の言う、きのうの発句はきょうの辞世、今日の発句はあすの辞世、我が生涯言い捨てし句々一句として辞世ならざるはなし。