Clásicos japoneses con furigana
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
Lee 万葉秀歌 (まんようしゅうか) de 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 213.820 caracteres · 427 pantallas
(巻七・一〇九六)、「昨日こそ年は極てしか春霞春日の山にはや立ちにけり」(巻十・一八四三)、「筑波根に雪かも降らる否をかも愛しき児ろが布ほさるかも」(巻十四・三三五一)。僻案抄に、「只白衣を干したるを見そなはし給ひて詠給へる御歌と見るより外有べからず」といったのは素直な解釈であり、燈に、「春はと人のたのめ奉れる事ありしか。又春のうちにと人に御ことよさし給ひし事のありけるが、それが期を過ぎたりければ、その人をそゝのかし、その期おくれたるを怨ませ給ふ御心なるべし」と云ったのは、穿ち過ぎた解釈で甚だ悪いものである。こういう態度で古歌に対するならば、一首といえども正しい鑑賞は出来ない。
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ささなみの志賀の辛崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ 〔巻一・三〇〕 柿本人麿
柿本人麿が、近江の宮(天智天皇大津宮)址の荒れたのを見て作った長歌の反歌である。大津宮(志賀宮)の址は、現在の大津市南滋賀町あたりだろうという説が有力で、近江の都の範囲は、其処から南へも延び、西は比叡山麓、東は湖畔迄至っていたもののようである。此歌は持統三年頃、人麿二十七歳ぐらいの作と想像している。