Clásicos japoneses con furigana
ja-reading.com
Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.
にっき
日記
宮本 百合子
Lee 日記 (にっき) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 61.953 caracteres · 124 pantallas
十一月二十六日
十一月二十七日
自分は、種々な論議にはあずからず、仕事でやって行くのだ。それほか道のないことを感じる。実際書かずに、よいものを書くのが真個だ。文壇の革新は必要だと云った処で仕方がない。不言実行などと云う言葉は古いが真の実力あるものにほか到れない境地だと思う。
十一月二十六日(土曜)(南路)休
林町で古田中を呼ぶから来いと云われる。
行く。
夜、渡辺氏夫妻。
面白い夫妻だと思った。
夫、教師、仲間からは、少し間抜けな変人、侮蔑をふくんだロンドリーさで対されるような種類、理由は、つねに新らしい意見、ものを追う進歩主義と、直ぐそれに参る純さ、下級民らしい狭いソシアリスティック・ラディカリシーつまり、新聞はいつも現在のままで、新らしい故に価値ある意見の発表を代表するものである、と云ったような風なのだ。
妻、三十後、大阪辺の生れ、生れつきの経済家が現代の流行である生活改善の潮流にのれて、社会主義的理論をもった。人生はかくあるべきから発足したのでなくて、ある時代にはしわん棒と云われ得る天性のつつましさから発足した、実質主義者なのだ。
十一月二十七日(日曜)(〃)
午後から、さつま薯を買い、絵の具をかって、Xマスデーヴァーナーガリー文字と云うサンスクリットを彫る。