Clásicos japoneses con furigana
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とざんだんぎ
登山談義
木暮 理太郎
Lee 登山談義 (とざんだんぎ) de 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 8219 caracteres · 16 pantallas
此等の山々が持つ怪奇な語り草と、様々な形態と、朝夕に変化する色彩とは、遠く離れて眺める為か一層深い秘密の権化として、私の小さい好奇心を唆るに充分でありました。
其頃の農村は今の如く窮迫せず、至って平和で、女達までが重詰などを拵えて丘陵地――土地では山と呼んでいます、尤も平地の林をも田畑に対して山と称していますが――へ春は蕨採り、秋は茸狩りに行きました。之に同伴するのがまた楽しみの一つで、蕨や茸を採ることよりも、山に登るということの方が私には嬉しいのでありました。恐らく其頃から登山が性に合っていたのではないかと考えます。
高い所へ上る興味は子供の時の木上りにも見出されます。恐らくどなたも経験あることと思いますが、これは小さな冒険心と向上心との現れとでも申しましょうか、『日本風景論』にも「楼に上りて下瞰す、猶ほ且つ街上来往の人を藐視するの概あり」と、登山の快味を論ずる冒頭に書いてあります。けれどもこの優越感に浸る点では、二階に上るよりも木に上った方が優っていると思いますが如何でしょう、つまり二階では木に上るほど冒険心と向上心とがぴたりと満足させられないからではありますまいか。