Clásicos japoneses con furigana
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はんにゃしんぎょうこうぎ
般若心経講義
高神 覚昇
Lee 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) de 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 106.121 caracteres · 213 pantallas
しかし「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」と論語にもあるように、附和雷同は決して真の和ではありません。とかく日本人の欠点はこの附和雷同にあるのです。大和の国、とくに昭和(百姓昭明、万邦協和)の御代に生まれすむ、われわれ大和民族は、決して「同じて和せざる」小人であってはなりません。「和して同ぜざる」君子でなくてはなりません。少なくとも日本民族の理想は、この和して同ぜざるところにあるのです。「国挙る大事の前に光あり推古の御代の太子のことば」です。
けだし私どもにして、一たび宗教的反省をなしうる人となるならば、そこにはなんのこだわりも、わだかまりも、障礙もないのです。げに菩薩の道こそ、無礙の一道です。なんの障りもない白道です。『心経』に「心に礙なし」というのはそれです。
という字は、網のことです。魚をとる網です。礙という字は、障礙物などという、あの礙という字で、さわり、ひっかかりという意味です。梵語の原典では、「礙なし」という所は「ひっかかりなしに動き得る」とありますが、何物にも拘束されず、囚われず、スムースに、自由に働き得ることが、すなわち「※(「罘」