Clásicos japoneses con furigana
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
Lee 万葉秀歌 (まんようしゅうか) de 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 213.820 caracteres · 427 pantallas
一首の意は、今日は御所に仕え申す人達も、お閑であろうか、梅花を頭にして、此処の野に集っていられる、というので、長閑な光景の歌である。「大宮人は暇あれや」の「は」は、一寸聞くと、御役人などというものは暇なものであるだろう、というように取れるが、実はそういう意味でなく、現在大宮人の野遊を見て推量したのだから、「今日は御役人は暇があるのか」ぐらいに解釈すべきところで、奈良朝の太平豊楽を讃美する気持が作歌動機にあるのである。
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春雨に衣は甚く通らめや七日し零らば七夜来じとや 〔巻十・一九一七〕 作者不詳
これは、女から男にやった歌の趣で、あなたは春雨が降ったので来られなかったと仰しゃるけれど、あのくらいの雨なら、そんなに衣が沾れ通るという程ではございますまい。そういう事なら、若し雨が七日間降りつづいたら、七晩とも御いでにならぬと仰しゃるのでございますか、というのである。女が男に迫る語気まで伝わる歌で、如何にもきびきびと、才気もあっておもしろいものである。こういう肉声をさながら聴き得るようなものは、平安朝になるともう無い。和泉式部がどうの、小野小町がどうのと云っても、もう間接な機智の歌になってしまって居る。