Clásicos japoneses con furigana
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あにきのようなこころもち
大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ
Lee 大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ (あにきのようなこころもち) de Akutagawa Ryūnosuke (芥川 竜之介) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 22.007 caracteres · 56 pantallas
同時に何人でもリアリストたらざる作家はない。」と云う意味を述べた一節がある。現代の作家は彼の云う通り大抵この傾向があるのに相違ない。しかし現代の作家の中でも、最もこの傾向の著しいものは、実に菊池寛自身である。彼は作家生涯を始めた時、イゴイズムの作家と云う貼り札を受けた。彼が到る所にイゴイズムを見たのは、勿論このリアリズムに裏書きを与えるものであろう。が、彼をしてリアリストたらしめたものは、明らかに道徳的意識の力である。砂の上に建てられた旧道徳を壊って、巌の上に新道徳を築かんとした内部の要求の力である。わたしは以前彼と共に、善とか美とか云う議論をした時、こう云った彼の風貌を未だにはっきりと覚えている。「そりゃ君、善は美よりも重大だね。僕には何と云っても重大だね。」――善は実に彼にとっては、美よりも重大なものであった。彼の爾後の作家生涯は、その善を探求すべき労作だったと称しても好い。この道徳的意識に根ざした、リアリスティックな小説や戯曲、――現代は其処に、恐らくは其処にのみ、彼等の代弁者を見出したのである。彼が忽ち盛名を負ったのは、当然の事だと云わなければならぬ。