Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

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あにきのようなこころもち

大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ

芥川 竜之介

Lee 大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ (あにきのようなこころもち) de Akutagawa Ryūnosuke (芥川 竜之介) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 22.007 caracteres · 56 pantallas

Aozora Bunko

合理的、同時に多量の人間味

菊池は生き方が何時も徹底している。中途半端のところにこだわっていない。彼自身の正しいと思うところを、ぐん/\実行にうつして行く。その信念は合理的であると共に、必らず多量の人間味を含んでいる。そこを僕は尊敬している。僕なぞは芸術にかくれるという方だが、菊池は芸術に顕われる――と言っては、おかしいが、芸術は菊池の場合、彼の生活の一部に過ぎないかの観がある。一体芸術家には、トルストイのように、その人がどう人生を見ているかに興味のある人と、フローベールのように、その人がどう芸術を見ているかに興味のある人と二とおりあるらしい。菊池なぞは勿論、前者に属すべき芸術家で、その意味では人生のための芸術という主張に縁が近いようである。

菊池の小説も、菊池の生活態度のように、思切ってぐん/\書いてある。だから、細かい味なぞというものは乏しいかも知れない。そこが一部の世間には物足りないらしいが、それは不服を言う方が間違っている。菊池の小説は大味であっても、小説としてちゃんと出来上っている。細かい味以外に何もない作品よりどの位ましだか分らないと思う。

菊池はそういう勇敢な生き方をしている人間だが、思いやりも決して薄い方ではない。