Clásicos japoneses con furigana
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りりょう
李陵・山月記・弟子・名人伝
Lee 李陵・山月記・弟子・名人伝 (りりょう) de Nakajima Atsushi (中島 敦) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 65.013 caracteres · 129 pantallas
それだけではないか。何も積極的な役割がないのだ。俺みたいな者は、いつどこの世に生まれても、結局は、調節者、忠告者、観測者にとどまるのだろうか。けっして行動者にはなれないのだろうか?
孫行者の行動を見るにつけ、俺は考えずにはいられない。「燃え盛る火は、みずからの燃えていることを知るまい。自分は燃えているな、などと考えているうちは、まだほんとうに燃えていないのだ。」と。悟空の闊達無碍の働きを見ながら俺はいつも思う。「自由な行為とは、どうしてもそれをせずにはいられないものが内に熟してきて、おのずと外に現われる行為の謂だ。」と。ところで、俺はそれを思うだけなのだ。まだ一歩でも悟空についていけないのだ。学ぼう、学ぼうと思いながらも、悟空の雰囲気の持つ桁違いの大きさに、また、悟空的なるものの肌合いの粗さに、恐れをなして近づけないのだ。実際、正直なところを言えば、悟空は、どう考えてもあまり有難い朋輩とは言えない。人の気持に思い遣りがなく、ただもう頭からガミガミ怒鳴り付ける。自己の能力を標準にして他人にもそれを要求し、それができないからとて怒りつけるのだから堪らない。