Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

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はんにゃしんぎょうこうぎ

般若心経講義

高神 覚昇

Lee 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) de 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 106.121 caracteres · 213 pantallas

Aozora Bunko

それは「一日暮」というのです。

「いかほどの苦しみにても、一日と思えば堪え易し。楽しみもまた一日と思えば、ふけることもあるまじ。親に孝行せぬも、長いと思う故なり。一日一日と思えば、理窟はあるまじ。一日一日とつもれば、百年も千年もつとめ易し。一生と思うからに大そうなり。一生とは長いことと思えども、後のことやら、知る人あるまじ。死を限りと思えば、一生にはたされ易し。一大事と申すは、今日、只今の心なり。それをおろそかにして、翌日あることなし。凡ての人に遠きことを思えば、謀ることあれど、『的面の今』を失うに心つかず」

まことに一大事とは、今日只今の心です。その心をほかにして、ほんとうに生きる道はないのです。有名な山鹿素行はまたわれらにこんな言葉をのこしています。

「大丈夫ただ今日一日を以て極とすべきなり。一日を積んで一月に至り、一月を積んで一年に至り、一年を積んで十年とす。十年相累りて百年たり。一日なお遠し、一時にあり。一時なお長し、一刻にあり。一刻なおあまれり、一分にあり。ここを以っていう時は千万歳のつもりも、一分より出で、一日に究まれり」

ほんとうに考えさせられることばです。