Clásicos japoneses con furigana
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いずこへ
風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇
Lee 風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (いずこへ) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 119.879 caracteres · 242 pantallas
私は今日も尚、何よりも海が好きだ。単調な砂浜が好きだ。海岸にねころんで海と空を見ていると、私は一日ねころんでいても、何か心がみたされている。それは少年の頃否応なく心に植えつけられた私の心であり、ふるさとの情であったから。
私は然し、それを気付かずにいた。そして人間というものは誰でも海とか空とか砂漠とか高原とか、そういう涯のない虚しさを愛すのだろうと考えていた。私は山あり渓ありという山水の風景には心の慰まないたちであった。あるとき北原武夫がどこか風景のよい温泉はないかと訊くので、新鹿沢温泉を教えた。ここは浅間高原にあり、ただ広茫たる涯のない草原で、樹木の影もないところだ。私の好きなところであった。ところが北原はここへ行って帰ってきて、あんな風色の悪いところはないと言う。北原があまり本気にその風景の単調さを憎んでいるので、そのとき私は始めてびっくり気がついて、私の好む風景に一般性がないことを疑ぐりだしたのである。彼は箱根の風景などが好きであるが、なるほどその後気付いてみると人間の九分九厘は私の好む風景よりも山水の変化の多い風景の方が好きなものだ。そして私は、私がなぜ海や空を眺めていると一日ねころんでいても充ち足りていられるか、少年の頃の思い出、その原因が分ってきた。