Classiques japonais avec furigana
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やまをおもう
山を思う
石川 欣一
Lisez 山を思う (やまをおもう) de 石川 欣一 (いしかわきんいち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 79 814 caractères · 157 écrans
それなのに、そんなことは忘れてしまうのはどういう訳だろう。
◇
もう廿年も前のことである。私はニューヨークにいた。あすこで下町と呼ぶ商業区域を、何のあてもなく歩いていた七月のはじめ、高層ビルの間から遠くの空に白い雲がむくむくと立っているのに気がついたとたん、私は日本郵船の支店へ行って横浜までの船室を予約した。こんな所にいないで、早く山のある日本へ帰ろうと思ったのである。米国にだって山はあるが、大西洋岸には、夏でも雪の残る山はない。私はそこに三年近くもいたのである。
◇
「夏でも雪の残っている山」……私が考える山はこれであるらしい。
だから四月にスキーで登った富士山のことを、とかく忘れ勝ちなのだろう。と同時に、「苦しい登攀」という条件もある。今までに何度か登った針ノ木の雪渓にしても、一番よく覚えているのは、一番辛かった時のことである。
◇
私は米の飯は一日二回で十分といわれる坐業者の一人である。平素肉体を酷使することは全くない。かるがゆえに、肉体の全力を傾けて山に登ることは、深く印象に残る。上高地から槍ガ岳の肩までの路にしても、カンカン照りに重い荷を負って行った時の印象の方が、秋の初め、時雨を番傘でよけて行った時のそれよりも、はるかに生々と記憶に残っている