Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

ja-reading.com

Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

はんにゃしんぎょうこうぎ

般若心経講義

高神 覚昇

Lisez 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) de 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 106 121 caractères · 213 écrans

Aozora Bunko

したがって、「立往生」とか、とうとう降参して「往生」したなどというのは、要するに、往生に対する認識不足といわねばなりません。ところで『心経』に書いてある「究竟涅槃」とは、どんな意味かというと、それは「無住処涅槃」という涅槃です。「無住処」とは、住処すなわち住する処なき涅槃という意味で、他の語でいえば「生死に住せず、涅槃に住せず」という意味がこの「究竟涅槃」です。

「菩薩は智慧を以ての故に、生死に住せず、慈悲を以ての故に、涅槃に住せず」

といっておりますが、これはたしかに味わうべき語です。

「勝れた智慧をもっている菩薩は、乃し生死をつくすに至るまで、恆に衆生の利益をなして、しかも涅槃に趣かず」

と『理趣経』というお経に書かれていますが、それが菩薩の念願です。なるほど仏教の理想は、さとりの世界へ行くことです。仏となり、浄土へ生まれ、極楽へ行くことが目的でしょう。しかし自分独りだけが仏になり、わが身独りが、極楽へ行けば、万事OKだ、というのでは断じてありません。人も我れも、我れも人も、いっしょに浄土へ行こうというのが、真の目的なのです。いや、たといわが身は行かずとも、せめて人を仏としたい、浄土へ送りたいというのが、菩薩のほんとうの念願です。