Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Lisez 万葉秀歌 (まんようしゅうか) de 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 213 820 caractères · 427 écrans

Aozora Bunko

吾等は短歌を広義抒情詩と見立てるから、叙景・抒情をば截然と区別しないが、総じて赤人のものには、激越性が無く、静かに落着いて、物を観ている点を、後代の吾等は学んでいるのである。

○

ますらをと思へる吾や水茎の水城のうへに涕拭はむ 〔巻六・九六八〕 大伴旅人

大伴旅人が大納言に兼任して、京に上る時、多勢の見送人の中に児島という遊行女婦が居た。旅人が馬を水城(貯水池の大きな堤)に駐めて、皆と別を惜しんだ時に、児島は、「凡ならば左も右も為むを恐みと振りたき袖を忍びてあるかも」(巻六・九六五)、「大和道は雲隠りたり然れども我が振る袖を無礼と思ふな」(同・九六六)という歌を贈った。それに旅人の和えた二首中の一首である。

一首の意は、大丈夫だと自任していたこの俺も、お前との別離が悲しく、此処の〔水茎の〕(枕詞)水城のうえに、涙を落すのだ、というのである。

児島の歌も、軽佻でないが、旅人の歌もしんみりしていて、決して軽佻なものではない。「涙のごはむ」の一句、今の常識から行けば、諧謔を交えた誇張と取るかも知れないが、実際はそうでないのかも知れない、少くとも調べの上では戯れではない。