Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Lisez 万葉秀歌 (まんようしゅうか) de 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 213 820 caractères · 427 écrans

Aozora Bunko

ぞ労ぎたまふ、還り来む日相飲まむ酒ぞ、この豊御酒は」というのであり、「平らけく吾は遊ばむ、手抱きて我はいまさむ」とは、慈愛遍照する現神のみ声である。

○

士やも空しかるべき万代に語りつぐべき名は立てずして 〔巻六・九七八〕 山上憶良

山上憶良の痾に沈める時の歌一首で、巻五の、沈痾自哀文と思二子等一歌は、天平五年六月の作であるから、此短歌一首もその時作ったものであろう。また此歌の左注に、憶良が病んだ時、藤原朝臣八束(藤原真楯)が、河辺朝臣東人を使として病を問わしめた、その時の作だとある。

一首の意は、大丈夫たるものは、万代の後まで語り伝えられるような功名もせず、空しく此世を終るべきであろうか、というので、名も遂げずに此儘死するのは残念だという意である。憶良は渡海して支那文化に直接接したから、此思想も彼には身に即いていて切実なものであったに相違ない。そこで此一首の調べも、重厚で、浮々していないし、また憶良の歌にしては連続流動的声調を持っているが、ただ後代の吾等にとっては稍大づかみに響くというだけである。結句原文、「名者不立之而」は旧訓ナハ・タタズシテであったのを、古義でナハ・タテズシテと訓んだ。