Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
やまをおもう
山を思う
石川 欣一
Lisez 山を思う (やまをおもう) de 石川 欣一 (いしかわきんいち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 79 814 caractères · 157 écrans
三
毎朝新聞を読んでいるが、強盗、掏摸、喧嘩、殺人、なぐり込み、すべて三面に出ている奴等の年令を見ると、みんな僕より年下だ。たまに年上のがあるかと思うと、せいぜい詐欺だ。僕なんぞこんな山の中にいて、善いことも悪いことも何もしないで老人になって了うんだ」と。その時は笑ったが、三十五、六、七という年令は、まったく憂鬱を感じさせる。気は若いが、山登りをしても、スキーをしても夜更しをしても、酒を飲んでも、すぐ参る。四十になったら仕事にばかり夢中になることも出来よう。だが、僕等の年令は中途半端だ。二月の末に春めけば、バルセロナを歌う若さの残りと、何ひとつやらずに死んで了うに違いないという、妙な暗示の始まりとが、こんがらかっているんだから。
ピータア・パンには「二つのエンドのビギニングである」という文句がある。が、本当の終末の端緒は三十五だ。
三
蛙の繁殖作用は、浅間しいの凄じいのというのを通り越して、むしろサブライムである。僕は子供の時、四谷の家から永田町の幼稚園へ行っていたので、毎朝清水谷公園の前を通ったが、あすこの大きな溝が、春になると、蛙の死骸で一杯になった。