Classiques japonais avec furigana
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わたしのこどもじぶん
沖縄女性史
伊波 普猷
Lisez 沖縄女性史 (わたしのこどもじぶん) de 伊波 普猷 (いはふゆう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 29 877 caractères · 60 écrans
その頃断髪したのは沖縄中に一、二名しかなかった。私は伊江朝貞君(日本キリスト教の宣教師)が師範学校の寄宿合に行って、富永先生(元の高等女学校長)に片髻を結って貰ったのを覚えている。
この結髪の師範生等が、靴をはき、鉄砲をかついで、中隊教練をやり始めたら、口さがなき京童は、「鉄砲かためて靴くまち、親の不幸やならんかや」と歌って、彼等を嘲けった。しばらくして、師範生中で桑江(元の佐敷校長)、奥平(菓子屋の主人)等五、六名のものが断髪したら、世間の人から売国奴として罵られた。ある時この連中が識名園に遊びに行くと、見物人が市をなして歩けないくらいであったということだ。ところがこれから一年も経って、二十一年の四月頃になると、師範生中には最早一人の結髪者も見えないようになった。
小学校で体操や唱歌や軍歌が始まったのもこの時だ。私は行軍の時にはいつでも「我は官軍」や「嗚呼正成よ」の音頭取をやらせられた。よほど後になって、首里の小学校では「昔唐土の朱文公」という軍歌をうたい出した。そうすると、那覇の小学校でも「一つとせ」という軍歌をやり始めた。
戸川先生は私にわざわざ那覇からつれて来たからには、一番になってくれないと困る、と言われたが、私は元来が懶ける性質なので、いつも五、六番位のところに落着いていた。