Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
しのげんり
詩の原理
萩原 朔太郎
Lisez 詩の原理 (しのげんり) de 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 153 641 caractères · 305 écrans
すくなくとも文語詩は、自由詩と言い得る程度の有機的音律美を有していた。
此処に於て問題は、文章語と口語との、音律上に於ける特色の比較に移ってくる。そしてこの比較で言えば、すくなくとも音律上で、文章語は遙かに口語に優っている。試みに両者を比較してみよ。口語の「である」に対し、文章語の「なり」が如何に簡潔できびきびしているか。「私はそう信ずる」と「我れかく信ず」で、どっちの発音に屈折や力が多いか。「そうであろう」と「あらん」との比較で、どっちが音律的に緊張しているか。すべての比較に於て、文章語は弾力に富み、屈折と変化を有し、簡潔できびきびしている。反対に口語は、音律が散文的で、緊張を欠き、重苦しく無変化でぼたぼたしている。両者の音韻に於ける切れ味は、すくなくとも鋭利な刃物と鈍刀ぐらいの相違がある。
そもそもこの二つの言語に於ける、特色上の相違はどこから来り、何に原因しているのだろうか。第一に不思議なことは、文章語というような特殊の言語が、どうして日本に発達したかという事である。だれも知っている通り、西洋にはこんな特殊な言語がなく、昔からすべての詩文が、日常語の修辞によって書かれている。