Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

しのげんり

詩の原理

萩原 朔太郎

Lisez 詩の原理 (しのげんり) de 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 153 641 caractères · 305 écrans

Aozora Bunko

第十章 人生に於ける詩の概観

故に「詩」と「主観」とは、言語に於てイコールであることが解るだろう。すべて主観的なるものは詩であって、客観的なるものは詩でないのだ。しかし吾人は、此処で一つの疑問が提出されることを考えてる。なぜなら本書のずっと前の章(主観と客観)で言ったように、詩それ自体の部門に於て、主観主義と客観主義との対立があるからだ。詩がもし主観と同字義であるならば、詩に於ける客観派と言うものは考えられない。次にまた或る多くの芸術品は、極めて客観的なレアリズムでありながら、本質に於て強く詩を感じさせる魅力を持ってる。これはどうしたものだろうか。すべてこれ等のことについて、本篇と次篇の全部にわたり、徐々に解明して行くであろう。

* カントは「理性」を二部に区分し、因果の理性と自由の理性を対立させた。即ち所謂「純粋理性」と「実践理性」とがこれである。カントの意味では、この自由の理性が倫理にのみ関している。しかしそれが「感情の意味」を指す限り、単なる道徳感ばかりでなく、芸術上の美的理性をも入るべきである。

第十章 人生に於ける詩の概観

詩の本質するものが、それ自ら「主観的精神」であることは前に述べた。