Classiques japonais avec furigana
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わがあいするしじんのでんき(さん)
わが愛する詩人の伝記(三)
室生 犀星
Lisez わが愛する詩人の伝記(三) (わがあいするしじんのでんき(さん)) de 室生 犀星 (むろうさいせい) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 11 406 caractères · 22 écrans
そして私共はその事のゆえで何時も別れた。何だい泥くさい女がそんなにお前に向くのかとなじると、むっつりして何時までお芝居を続けるようにバーに坐り込む心算なんだ、行儀見習にバーに来ているのかいと彼は叫んで去って行った。振られた年増女の私は間もなく腰を上げ、表に出るのであるが、あんなに飲んでいのちに別状ないものか、あんな乱次のない奴はないと呟やいて見たものの、私はそのままでは帰れなかった。次ぎのバーに行って黙りこくって飲み、振られた女のしよう事のない沈黙ばかりで、そんな萩原と別れた晩は何処に行ってもおちつきがなかったのだ。
明治十九年(一八八六年)十一月一日 群馬県前橋市北曲輪町十九番地 萩原密蔵の長男として不出世の詩人萩原朔太郎は生れた。つまり私は明治二十二年生れであるから彼は三つ年上である。同四十三年(一九一〇)二十五歳で岡山第六高等学校中退。
大正二年(一九一三)二十八歳 北原白秋の主宰の詩の雑誌『ザムボア(朱欒)』にはじめて抒情詩六篇掲載、その同じ号に私も詩を投書して掲載されていた。この年に私は彼から手紙を貰い、ついに親友となった。(北原白秋伝参照)大正四年山村暮鳥と私と萩原で人魚詩社を興し、私は金沢で『卓上噴水』